どこにでもある公園。
滑り台、シーソー、ブランコ。。。
里帰りした京都の町中にある通称「ロボット公園」(チビーズママ談)は普通の公園である。
ロボットっぽいものが無いのになぜ「ロボット公園」なのかはわからないが、とにかくそこにも当然「ブランコ」があるのだ。
しかしこの間テレビのニュースで「公園からブランコが消える」なんてのを見たのだ。なんでも手で握るあの鎖に指が挟まれるから・・・だそうだ。
最近では公園すらもやれ「安全」だやれ「抗菌」だなどとなんだかんだと口うるさい大人達に変えられていくようであるが、個人的な意見を言わせていただくと
「そんなんだから、弱い子供ができる。そんなんだから考える頭が無くなる」
自分たちが子供の時はどうだっただろうか・・・。
危なかったら危なくないように遊んだものだ。モノがなければ作った。遊び方は自分たちで工夫した。たとえお菓子が地面に落ちても「ふ〜〜っ」って吹いて食べちゃってた。そんなことしていたから身体も丈夫だった。風邪にもなりにくかった。さっきのニュースで取り上げられていたブランコの鎖。たしかに小さいときに指の皮を挟まれたこともあった。がそれだけ。
喧嘩だってそうである。喧嘩をさせない大人達がいる。おいらは特に男の子ならば「喧嘩」してもいいと思うのだ。そうしないと人の「痛み」がわからない。どれだけで人は痛みを感じるのか・・・また、これ以上はやってはいけない・・・などの限界もそこで知る。
モノを与えるのは簡単である。知恵を与えることも必要である。でも必要な部分とそうでない部分。その区別ができない大人達が今多い気がするのだ。
子供達のことを本当に心配するならば、愛しているのならばもっと子供達にいろいろなことをやらせてみたらどうだろうか。。。考えさせてみてはどうだろうか。。。
そこで子供達が気付けばそれでいいし、気が付かないのならヒントをあげてみる。
最近の少年少女犯罪のニュースを聞く度にこんなことを思ってしまうのだが、みなさんはどう感じているであろうか。。。
ちと久しぶりに真面目に考えてしまったチビーズパパなのであった。。。。
